生成AIやAIエージェントの活用を検討するとき、候補業務はすぐに増えます。問い合わせ対応、議事録、見積作成、社内検索、申請処理、報告書作成。候補が多いほど、どれから始めるかを決められない状態になりがちです。

このとき、ツールの機能比較だけで最初の対象を決めると、利用場面、確認者、例外対応、評価方法が後回しになります。本稿では、候補業務を一つに絞る前に使う3段階の選定シートを紹介します。

これはIPAおよびデジタル庁の公開資料を踏まえた編集上の実務提案です。両機関がAI活用に必須の選定手順として定めたものではありません。また、本稿では、読者課題の発生頻度や記事の事業上の効果を検証していません。

先に確認したいこと:評価を後から足さない

事実:IPAはDX推進指標で、現状と認識を共有することを扱っている

IPAはDX推進指標を、経営者や社内関係者が現状や課題認識を共有し、アクションにつなげるためのものとして説明しています。これは、個別のAIエージェント導入の選定手順そのものを示す資料ではありません。

事実:IPAの解説は、評価・KPI・マイルストーン・取組状況を含めた設計を扱っている

IPA DX SQUAREのDX推進指標に関する解説では、評価を起点に、KPI、マイルストーン、取組状況を扱う考え方が示されています。ここから直接、AI活用ではこの評価表を使うべきとは導けません。

ただし、実務上は、対象業務を選んでから評価を考えるより、比較する時点で、何を評価し、どの前提なら利用できるかを記録するほうが判断しやすくなります。以下のシートは、そのための編集上の整理です。

最初に選ぶのは業務名ではなく業務の一部分

問い合わせ対応や営業のような大きな単位では、比較が曖昧になります。まずは業務を、入力・判断・出力・確認・例外対応に分けます。

分解する要素 書く内容 確認する問い
入力 何を受け取るか。形式、情報源、欠損の有無 入力は毎回同じ程度にそろっているか。
判断 何を分類・要約・照合・提案するか 判断基準を言葉で説明できるか。
出力 何を作るか。誰へ渡すか 出力は提案か、確定処理か。
確認 誰が何を確認するか 人が確認すべき箇所はどこか。
例外対応 判断できない場合や想定外の場合の流れ 保留、差し戻し、停止を誰が決めるか。

ここでの狙いは、AIに任せる範囲を大きく見せることではありません。最初の検証で扱える範囲を明確にすることです。

3段階の選定シート

第1段階:候補を比較できる粒度にそろえる

ここでは、会議で比較する例として候補を三つまで挙げ、次の表を埋めます。候補数は固定ルールではありません。評価設計まで確認できる数に絞るための目安です。

候補 入力 AIに任せる判断・作業 出力 人の確認 例外時の扱い
候補A
候補B
候補C

この段階で、入力のばらつきが大きい候補、出力がそのまま顧客や基幹システムに影響する候補、例外時の担当者が決まらない候補は、最初の検証対象にする前に条件を整える必要があると記録できます。これは不適切な業務と断定するためではありません。

第2段階:前提条件と評価方法を並べて比較する

次に、候補ごとに、できそうかではなく何を確認できれば進めるかを書きます。

観点 記入内容 判断の例
利用範囲 利用者、対象件数、対象外、外部システムとの接点 初回は社内利用・提案出力に限定する。
前提条件 入力データ、業務ルール、確認者、権限 担当者が出力を確認してから次工程へ渡す。
評価ケース 通常ケース、情報不足、複数候補、例外 代表例だけでなく迷いやすいケースを含める。
評価の見方 正確さだけでなく、保留や修正の理由 何が誤ったかを後から分類できるようにする。
見直し条件 範囲を広げる・縮める・止める契機 未対応の例外が増えたら対象範囲を再検討する。

ここで作るものは、統一された合格基準ではありません。自組織が、最初の検証で確認したいことをそろえるための記録です。

第3段階:最初の対象を一つに決める

最後に、候補を次の三つの結論に分けます。

結論 選ぶ条件 次に行うこと
検証へ進む 利用範囲、確認者、評価ケース、例外対応を仮でも記述できる 小さな範囲でテストし、結果と保留理由を記録する。
条件を整えてから検討 入力、業務ルール、責任者のいずれかが不足する 足りない条件と、その担当者を決める。
今回は対象外 影響範囲や例外対応を説明できず、検証条件も置けない 将来の候補として、除外理由だけを残す。

最初の対象は、最も派手な業務である必要はありません。利用範囲と評価設計を説明でき、結果から次の判断をしやすい業務を選ぶ、というのが本稿の提案です。

記入例:営業会議の議事録から案件更新候補を抽出する場合

以下は仮想例であり、実在する企業・導入事例ではありません。

営業会議の議事録から、案件管理表の更新候補を一覧にする作業を候補にします。

要素 記入例
入力 営業会議の議事録、案件管理表、会議参加者
AIに任せる作業 案件に関する発言を要約し、更新候補と確認が必要な項目を抽出する
出力 案件名、更新候補、根拠となる発言、情報不足の指摘
人の確認 営業企画または案件責任者が、案件との対応付けと内容を確認する
対象外 案件管理システムへの自動登録、受注見込みの確定、顧客への連絡
評価ケース 同名顧客、曖昧な発言、該当案件が見つからない場合、案件外の話題
見直し条件 確認者が対応付けできない候補や情報不足が増えた場合、入力範囲または抽出条件を見直す

この例では、営業活動全体をAIに任せるのではなく、会議記録から更新候補を作る作業に範囲を限定しています。こうすると、検証時に見るべきことも、担当者が確認することも明確になります。

会議で使う5つの確認質問

選定シートを埋めた後は、次の順に確認すると議論が散らばりにくくなります。

  1. この候補は、どの入力と利用範囲に限定して説明できるか。
  2. AIの出力は提案なのか、確定処理なのか。
  3. 人が確認する場所と責任者は決まっているか。
  4. 評価時に、通常ケース以外の何を試すか。
  5. 想定外の結果が出たとき、範囲を縮める・止める・再評価する判断は誰が行うか。

回答できない項目があること自体は、AI活用を断念する理由ではありません。ただし、そのまま検証を始めるより、前提条件として明記するほうが、結果を次の判断に使いやすくなります。

公的なAI活用文脈との距離を保つ

デジタル庁は、公共分野における生成AIの活用に関する取組を公開しています。公共分野で扱われる評価やガバナンスの論点は、対象業務を選ぶ段階でも、利用範囲と評価を切り離さないための参考文脈になります。

ただし、これは公共分野の取組に関する情報です。民間企業が同じ手順を取るべきこと、あるいは特定の選定シートで十分であることを意味しません。

まずは候補を三つ、1枚に書く

AI活用の対象業務を決める段階では、効果がありそうという期待だけでは比較しにくいものです。候補業務を小さく分解し、利用範囲、確認者、例外対応、評価ケースを同じ表に置くと、最初に検証すべき対象を説明しやすくなります。

MASTER key株式会社のAX事業部としては、AI活用を単なるツール導入ではなく、業務の分解、評価、運用条件をつなげて設計するテーマとして捉えています。この考え方が読者の実務や成果にどの程度役立つかは、現時点では検証されていません。まずは自組織の候補業務を三つ書き出し、比較できる条件へそろえることから始めてください。

参考資料